透析を中止する権利を認めてもいいと思う理由

2020 6/14

東京都の病院で、透析治療を受けていた女性に透析しない選択肢を医者が提示して、透析しないことを選んだ女性が亡くなったニュース。

患者本人が透析中止を希望し、家族、医者、医者以外の医療職も含めて話し合いをした。それでも透析中止の意志が変わらないため、同意書も作成し透析と中止した。透析中止後、患者と家族はやっぱり透析したいと意志を変えたが、その女性は亡くなった、というのが経緯のようです。

ニュースではあまり触れられていませんが、患者が意志を変えたため透析を1回行ったと聞いたのですが、どうなんでしょう。

この病院、「透析中止するなんて」と報道でかなり批判されてます。

ですが私は透析を中止する権利は守られるべきだと思います。

なぜなら自分のことを自分で決める。これはとっても大事なことだと思うから。

医者が本人の希望を無視して勝手に治療するのも、おかしなことでしょう。自分が透析中止を希望しているのに、自分の意志を無視して透析させられる。これはこれでかなり辛いことです。

自分で決める権利を認めないのは、それはそれで問題なのです。

目次

透析中止を認めている国もある

日本では透析を継続してもしなくても生きられるのはあと数日~数週間くらい、と見込まれるときくらいしか透析の中断は検討されません。

しかしところ変われば常識も変わります。自己責任の国アメリカでは、透析を中止することが普通に認められています。

それどころか透析を中止して起こる苦しい症状に対して、できる限り苦痛を取り除くため積極的な緩和ケアがされるようです。

これを聞くと、日本は苦痛を取り除く医療がかなり遅れているなぁと感じます。

ちなみに、アメリカ、カナダ、イギリスでは透析の中止は特別なことではなく、わりと一般的なようです。

他のヨーロッパ諸国ではあまり多くないようですが、それでも重度の癌などで透析中止を希望する患者はいて、中止することはあるようです。

たとえそれが死ぬことであっても、自分で決めたことが認められる。そういう地域もあると知っていると「透析中止=悪」とイメージで決めつけることなく、考えの幅が広がるんじゃないでしょうか。

議論すらしないのは問題

日本では透析しない選択は議論にすら上がりません。

議論されないため、透析するしないの選択をどう支援するか指針もなく、事例も少ないために、患者が正しく意思決定できるよう医療現場が支援できない。という状況です。

そもそも医療従事者も、治療は全力でするけど、死ぬのを早める選択に加担するのは苦手です。人を助けることを使命にしているので、できればそんなのやりたくないです。

こういうのをきっかけに、もう少し議論が進んだらいいのになぁと思います。

この記事を書いた人

目次
閉じる