子どもがいたら人生勝ち組?そういう考えから逃れて楽になろう

2020 6/11

なんで子どもがほしいと思うんでしょう?

子どもが好きだからとか賑やかな家庭にしたいからとか、いろいろ理由はあると思います。

でも「子どもほしい」がまず先にあって結婚したり子どもを作るというのは、なんだか子どもを自分の人生を完璧なものにするための道具にしているようで私にはしっくりこないです。

子どもが好きだから子供がほしいと言いながら、自分の子供にこだわるのも不思議です。

子どもが好きでどうしても子供がほしい、でもなかなか子供ができない。そういう場合、養子も選択肢として入ってくると思うのですが、養子はハナから選択肢に入っていない人がほとんどです。「養子は?」なんて聞くと人の気持ちのわからない失礼な人と思われて相手にすらされません。

事情があり親がいなくて施設で育つ子供もいます。子どもが好きなら、自分が親となってそういう子供に安心できる家庭を作り育てるのも、とても意義あることだと思うんですが。

子どもがほしくて排卵日を狙って事に及んだり、夫のことは見てるだけでイライラして嫌いだけど子どもはほしいから妊活はしているという人。そういうのも不思議です。

愛する人がいて、この人との子どもってどんなだろう、見てみたいという感情から子どもがほしいなら、わかります。愛があれば理屈とかそんなの抜きですから。

でもそうでもなくてとにかく子供をもつことが目的になってしまってるのは、一体何?

長らくこういう疑問を持っていたんですが、誰にも理解されないことはわかってました。

子どもはほしいと思うのが普通で、そこに疑問をもつ自分は人としてどこかおかしいのだろうか。そんなことも思っていたんだけど、どうやら日本を飛び出して外から見ると、これはあながちおかしな感覚でもないようです!

とある外国人曰く、

子どもは愛情表現の結果としてできるもので、子どもを作るためにどうこうするのはない。
子どもはいてもいなくてもどちらでもいいと思う人が多い。
子どもの有無にあまりこだわりがないので当然、結婚したら子どもをつくらなければというプレッシャーもない。

らしいです。

まあ外国人みんながそう思ってるわけではないにしても、少なくとも自分の感じ方が人としておかしいわけではないとわかってなんだか安心しました。私はどちらかというと外国寄りの感覚を持っていただけなのね。

これを聞いて、結婚して生活も落ち着いてきたからそろそろ子どもを、というかんじで特に理由なく当たり前のようにみんな子どもを欲しがるけど、これは別に人として当たり前の感情ではなくて、日本の文化や価値観が関係しているということがわかりました。

日本で生きてると「こどものいる人生」にとらわれすぎて、生きづらさを感じるときがあります。

子どもがいる人が上、いない人のほうが下。そんな感覚もありますよね。

あえて言わないにしても「自分は子どもがいるから真っ当な人生を送っている」と密かに心の支えにしてる人も多いと思います。

もうね、「こどものいる人生をよし」とする価値観に縛られるのをやめてみてはどうでしょうか。

子どもがほしい。そう思うのももちろんOKです。でも子どもがいないからといって「下」ではありません。どっちが劣っていてどっちが優れているとか、そういうことじゃないはずです。

そうやって自分のものではない価値観に縛られると、生きづらくなります。

まわりの価値観に合わせるのではなく、自分の価値観で生きること。多様な生き方を認めること。これがみんなが自由に生きるヒントだと思うんです。

目次

なんで子どもにこだわるのか?

ところでなんでそんなに子どもにこだわるのかというところですが、それもついでに。

その理由のひとつは、「イエ」文化。

普段別に気にもしない「イエ」。

だけど時々、子どもがいない家庭を見て「あそこの家は子どもがいなくてねぇ。どんどん栄えていく家もあれば廃れていく家もあるんだねぇ」なんて言われてるのを聞いて、なんだかギョッとします。

そうか、子どもがいないとそういうふうに言われるんだ。

廃れていく家って、そんなふうにまわりから思われるんだ、って。

「あそこの子供は結婚してないから子どもは期待できないね」結婚したらしたで「子どもうまないの?」という親や親せきからのプレッシャー。これも家を代々引き継ぐ「イエ」文化からきてます。

たぶん江戸時代らへんのお侍さんなんかは、結婚して跡取りをつくって「イエ」を後世に残すことがとっても重要だったんだろうと思う。けど今は「イエ」を残すなんて別にどうでもよくて、「自分の人生」を生きてる。自分にとってはそういう感覚のほうが強い。が、しかし、まわりは案外まだ「イエ」という単位で見ていたりします。

日本人は自己評価ではなく他者評価というのもあります。まわりから全然認めてもらえなくても我が道を行くで自分の納得できる人生を送る。そういう生き方よりもまわりから認めてもらえる人生を好みがち。

子どもはいないよりいるほうがまわりから認められやすいので、「子どもほしい!」とまずなによりスペックとして「子ども」をそろえたくなるんじゃないだろうか。

そしてもうひとつの理由。結婚して子どもがいると普通な人生を送っているという安心感と優越感があります。

子どもがいるいないで別にどっちが優れてるとか劣ってるとかはないと思います。でも実際のところ子持ちの人が、未婚の人や子なしの人に対して優越感を持っているのはヒシヒシと伝わってきます。

ある人と話していた時、愚痴の勢いで嫌いな人をけなすのに「私は子どもがいるからあいつより上。40過ぎて子ども産むのはもう無理だからあいつは私を超えられない」って言っていて、あぁ本音ではそんなふうに思ってたんだ、と。私は結婚もしてないし子供もいないので、「ハハハ」と相槌しつつ心に引っかかるものがありました。

子だくさんの人から「子ども欲しくないの?老後はどうするの?」「将来は孤独死だね」なんて言われたこともあります。

悪気はなかったのかもしれない。でもそんなこと言われて嫌な気にしかなりません。自分は子どもがいるから大丈夫という高みの見物で、優越感を持って言ってきてるのがわかるから。

「子どもはみんながほしがるもの」と当たり前のように思っていて、その価値観を押し付けられているかんじもうっとおしい。

一応言っておくと、子どもが老後の面倒をみてくれるとは限らないです。病院で働いてると子どもはいるけど遠方で一度も見舞いに来ない人、子どもから縁切りされている人、そんな人はざらにいます。

老後が不安だから子ども欲しいという人もいるけど、そもそも子どもには子どもの人生があるわけで、老後の面倒をみてもらうために子どもを産むとかそういう感覚も時代錯誤としか思えないです。

とにもかくにも結婚して子供がいると、そうでない人よりいい人生を送っていると優越感を持つらしいです。

「子どもがいるのがいい人生」と決めつけてしまうと、そうでない人は生きづらさを感じてしまいます。

ひとつの価値観に縛られず、いろんな生き方、多様な価値観があると認めてはどうでしょう。

自分のものさしで他人の人生の善し悪しを測るのをやめましょう。

あるいは、よそから借りてきたものさしで自分の人生の善し悪しを測る。これも不幸の源です。

自分の価値観で生きること、これができるようになったらいいのになぁと思います。

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