自分が正しければ相手を怒っていいわけではない

2020 6/15
自分が正しければ相手を怒っていいわけではない

相手が何か間違ったことをした時、きつい口調で怒る人いますよね。例えば、

店員が注文間違えて、頼んだのと違う料理がきたから怒鳴って注意した。

という場合。

私のまわりには血の気が多い人がたくさんいるので、よくこんな話を聞きます。

しかし、相手の間違いを感情的に怒って注意するのは間違いです。

なぜか?

  • 間違いを指摘する時、どんな言い方をしてもいいわけではない
  • 間違いを感情的に怒りたくなるのは、間違いは悪いことという価値観があるから
  • どんなに自分が正しいと確信できるときでも、自分のほうが間違っている可能性はある

からです。

目次

間違いを指摘する時、どんな言い方をしてもいいわけではない

こうやって相手の間違いに対して頭に血がのぼり怒る人は、

悪いのは相手なんだから、こっちが怒るのは当然。
間違った相手が悪いんだから、怒られるのも仕方ない。

そんなふうに思っています。

でも、間違ったならその間違いを冷静に指摘したらいいだけで、別に怒る必要はありません。

そこで感情的になって怒りを相手にぶつけてしまうのは、怒りをコントロールできない人としての未熟さの表れです。

相手の間違いを指摘するのは今後同じ間違いをしないようにするためで、相手のため。

そう主張する人もいます。見ず知らずの人の今後の成長まで考えて感情的に怒って注意するって、なんて親切なんでしょう。

しかし完全に余計なお世話です。

相手はそんなこと望んでません。

「相手のため」はただの言い訳です。

相手のためにやったと思うことで、自分のやったことは正しいことなんだと正当化して、罪悪感から逃れようとしてるだけです。

相手が悪い、自分が正しい。だから相手にどんな言い方をしてもいい。

この考えは間違いです。そこに感情を挟む必要はありません。相手の間違いを指摘したいなら、普通に言えばいいだけのことです。

間違えられて怒るのは、前提に「間違いは悪いこと」という価値観があるから

なんで間違えられて怒りの感情が沸き起こるんでしょう?

もしかしたら急いでいたとかいろいろ理由があったのかもしれません。

でも間違えられて突発的に怒るのは、根本的なところに「間違えるのは悪いことだ」という価値観があるからです。

これって当たり前のようだけど実は万人にとって共通の価値観ではありません。

外国に行くと人は間違いに寛容です。そもそも間違えるのがよくある国では、きちんとできたらすごいくらいの低い期待値になります。そうなると間違えたくらいでいちいち怒ることもありません。

インドに旅行に行った友人が言っていたのですが、インドではモノの値段を決まってなくて何か買うたびに売り子を話して決めるそうです。

売り子からモノを買うのにもいくら出すか交渉。タクシーに乗って「〇〇まで行って下さい」と伝えてもまずは値段を交渉。ドライバーが納得したら連れて行ってもらえる、という具合に。

外国人はお金を持っていると思われてのことなのでしょうけど、言葉も通じなくて意思疎通が不自由な中、何をするにも交渉しないといけないのはものすごくストレスだったと言っていました。

こう思うと日本はかなり恵まれています。間違えるのが当たり前で、いちいち店員に言ったり交渉したりしないといけないとなると、かなり面倒だしストレスです。

だけど間違いが許される世の中では寛容さが生まれます。

逆に日本は間違えることがものすごく少ないので、ちょっとでも間違えられると「なんで間違えたんだ」と苛立ってしまいます。

便利な世の中なのに、なぜかみんなピリピリしてストレスを抱えてしまっています。

自分のほうが間違えている可能性もある

この世に絶対はありません。

自分のほうが100%正しい、自分が間違えてるなんて絶対ありえない。

そう思えることでも、万が一の確立で自分が間違えている可能性を否定はできません。

その昔ガリレオガリレイが回ってるのは地球のほうだと主張した時、みんなそんなことあるはずないとガリレオを非難しました。(らしいです)

でも実はガリレオが正しかった。間違ってるのはみんなのほうでした。

みんなが正しいと思ってても、実はみんなのほうが間違ってることだってあります。

今私たちの常識だって、何百年か先には実は間違いだったとわかるかもしれない。

そう思うと、自分が正しいと思っていることが絶対に正しいとは限らないのではないでしょうか。

どんなに自分は正しいと疑い得ないときでも、もしかしたら自分は間違っているのかもしれないと1㎜くらいは自分を疑う余地を持っているほうがいい。

科学的なコトでさえ絶対に正しいと言えることはないんだから、社会的な習慣や関して言えばもっとです。時代や地域、立場や状況によって180度変わったりします。

怒りをコントロールする方法

相手に腹がたったときに怒りをコントロールする方法は、相手の立場になって考えてみることです。

自分から見える考えだけでなく、客観的に考えてみること。

例えば新型コロナウイルスでマスクの品切れが続く中、マスクを入荷したドラッグストアに朝早くから並んでマスクをたくさん買う老人。

これを見て、そんなにいらないだろ!老人は働かなくていいんだから家にこもってろ!と非難する人もいます。

だけど、そのおじいさんが「孫が喘息で、マスクがいるんだ。若い人は仕事があるからなかなか買いには行けないから、暇なわしが朝から並んで孫たちの分も買ってるんだ」と言ったら、どうでしょうね・・・

そのおじいさんがたくさんマスクを買うことで、買えなくなる誰かがいることに違いはないです。

でもそう言われると、心なくそのおじいさんを非難する気にはなれません。

そのおじいさんもまた、マスクがなくて困っている被害者の1人なんだ。大事な家族のために、自分にできることをしているんだ。そういう一面が見えてくるから。

自分は間違ってない、正しい。

相手は間違ってるんだから悪い。

そうやって物事を二極化してとらえてしまうと、自分が正しいんだから、正義だから相手を罵ってもいいと思いがち。

でもそれがまかり通る世の中になると間違えるのは悪いことになってしまうし、間違えてはいけないプレッシャーはとても大きくなる。それってものすごく息苦しい世の中だと思う。

忙しかったのかもしれないとか、相手の立場や事情をちょっとでも想像してみれば、怒りはやりすごせます。

すぐにカッとなってしまう人は、自分のいるところから見える物事の一面だけを見ていて、いろんな視点で見ることができてないんだと思います。

相手の立場になって考えてみる。当たり前すぎて見向きもされない言葉だけど、やっぱりこれが大事です。

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